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医師 中村恒星が「世界一やさしいチョコレート」で実現したい世界

チョコレートブランドandewの代表と、医師という二足のわらじを履く中村恒星。彼はどのような思いで「世界一やさしいチョコレート」を生んだのか。その開発秘話に迫りました。

当事者として「治らない病気」に立ち向かう

ーandewを立ち上げたきっかけを教えてください。

中村:話は約30年前に遡ります。私は生後間も無く「ファロー四徴症」という心臓の難病を患いました。1,2歳で受けた手術がうまくいったおかげで、ありがたいことに今、こうして生きています。常に再手術の可能性と隣り合わせですが、薬が必要なわけでもなく、運動もできています。しかし、この病気をもった患者が高齢者になったときにどのような最期を迎えるかはまだわからないことがたくさんあります。医療が発展していなかった時代には、命を落としうる病でした。現代でも、治療後に運動制限を抱えて生活することになる方が一定数いらっしゃいます。

だから、せめて私が無事にいただいた命を、次につなぐ。治らない病気を抱える人の力になりたいんです。

 

ーその原動力から、医学の世界を志したのですね。

中村:初めは薬学部に進学しました。研究者として未知の病に挑んでいきたい、と。しかし医師も研究は行えますし、臨床的な視点も身につきます。医師免許があると、患者さんのためにできることが圧倒的に多いと考え、医学部に編入。そこで「治らない病気」として北大の先生からご紹介いただいたのが、表皮水疱症の患者さんでした。

 

ー表皮水疱症とは、どのような病気なのでしょうか。

中村:皮膚を保持するタンパク質が欠損している、遺伝性の皮膚難病です。軽い摩擦や圧力でも水疱やびらん(ただれ)が生じやすくなるため、シャンプーも、服も、食べ物も痛みを感じながら生活をしていらっしゃる患者さんが多いです。口腔内にもびらんができ、なかには「ポテトチップスを食べると、針を食べているような痛みが走る」と言う方も。食べられるものが限られるだけでなく、食事そのものが困難になり低身長や低体重になる患者さんも。私が出会った患者さんは、給食を食べられませんでした。

 

中村:表皮水疱症の患者さんは、周囲と異なる生活を強いられることがあります。就職活動の際に皮膚疾患のために出来ることが限られてしまったり、進学においても制限を感じてしまったり、前向きになれないことも。

表皮水疱症をはじめ、今の医学で治療できないような先天性の病気は、ずっと背負っていかないといけません。本人たちが何かをしたわけではないのに…当時医学生だった私は、当然医師免許を持っておらず、医療行為はできません。患者会のボランティアをする日々で、ふと「患者さんたちのために今からできることがあるなら、やってみてもいいんじゃないか?」と思ったんです。

 

ー医学生だった2020年1月、株式会社SpinLifeを起業して「世界一やさしいチョコレート」andewの販売を開始したわけですね。

 

世界一やさしい「チョコレート」にしたわけ

ー食の選択肢は数多くありますが、その中からなぜチョコレートを選ばれたのですか?

中村:初めからチョコレートと決めていたわけではありません。まず、思いつきでたい焼きをミキサーにかけてみたんです。そうしたら、全く美味しくなくて。食べられたものじゃない。食感の異なる素材が合わさってできた食べ物は、口の中で食材が混ざる過程ありきの美味しさだとわかりました。そこで、初めから食材が混ざり合ったもの。加えて、体調が変化すると言われている周期に合わせ、最低3ヶ月は保存がきくもの。この条件を満たすものとして、ヨーグルト・プリン・ゼリー・チョコレートが浮かびました。

 

ーそこからチョコレートにフォーカスされたのは、どういった背景なのでしょうか。

中村:二つの背景があります。一つは、チアシードやアーモンドといった栄養価の高い食材を混ぜ合わせても、柔らかい食感を保つことができること。もう一つは「もらって嬉しいこと」です。患者さんの病気を直接治すことができるのは「治療」ですが、僕がアプローチした栄養学には「心に寄り添う」という重要な役割があります。

 

ー心に寄り添う、ですか。

中村:小学生のとき、心臓の治療で入院することがあったのですが、夜の病室で不安で寝れなかったことがありました。あの時の孤独感。きっと、当時の私のようなつらさ・寂しさを感じる瞬間は、誰にでも訪れるでしょう。患者さんや周囲の方の気持ちに寄り添う存在になれないかと考えた時、チョコレートはもってこいでした。

 

ーもってこい、と言いますと?

中村:患者さんが食べられて、かつ効率的に栄養が摂れる…それだけなら、病院食でいい。けれど、孤独感を抱える患者さんと社会をつなぐには、患者さん以外の人も手に取りやすい存在になる必要があります。チョコレートには、バレンタインをはじめ「好き」とか「ありがとう」という気持ちをのせてプレゼントする文化がありますよね。感情を乗せる贈り物として地位を確立した食べ物として、患者さんと社会の橋渡しをしてくれるのではないか。相手を想う気持ちと栄養、その両方を込められると思い、「世界一やさしいチョコレート」andewを作りました。「andew」というブランド名も、「and」と「you」を掛け合わせています。あなたと一緒にいるチョコレート。誰かと一緒に食べる瞬間を届けるチョコレート。「andew=やさしさの代名詞」となるようにブランドを育みます。

 

 

中村:知人の家族・友人、職場の同僚の知り合いなど、関係性を広げてみると、患者さんは意外と近くにいらっしゃいます。病気を抱えながら生きるには、もちろん状態が良くなることも大事ですが、周囲の受け入れ方も大事です。病気の存在や、制約を抱えながら生きている患者さんのことを知ってほしいですし、いつかその患者さんと出会ったときに理解の助けになる。こうしたブランドの成り立ちに始まり、寄り添いたい相手にプレゼントする時も、動物を思いやるヴィーガンの人が自分へのご褒美に購入する時も。常に異なる”you”の存在がある、コミュニケーションツールのような存在であり続けたいですね。

 

ーチョコレートを作るノウハウは初めからあったのでしょうか。

中村:いえ、てんで素人でした(笑) 初めは人工いくらのを作成する技術を使って、中が液体のチョコレートを作ってみたのですが…とにかく美味しくなかった。これはプロのショコラティエの力をお借りするしかない…そう思い、札幌の美味しいチョコレート屋さんとして真っ先に浮かんだ、Bean To Bar Chocolateを販売する「SATURDAYS CHOCOLATE」の秋元力 代表に直談判。想いを伝えたところ「ぜひ協力したい」と快諾いただき、レシピの共同開発に至りました。

隣の大学の栄養学科でひたすら食材と栄養素のリストを作成し、「ひまわりの種は青臭いね」「はちみつは幼児が食べられなくなるぞ!」など秋元さんと相談しながら行き着いた食材が、カカオ・アーモンド・チアシード・きなこ・ココナツ・ケシの実・昆布・抹茶。こうして、27種類の栄養を一度に摂れて、なめらかでやわらかい、世界初の完全食チョコレートが完成しました。いつも板チョコを食べるときは電子レンジで温める表皮水疱症の患者さんが、「これならそのまま食べられる!」と言って美味しそうにandewのチョコレートを食べてくれた時の感動は、今も忘れません。

 

andewを手にする「やさしい人」の正体

-andewを購入している方はどのような人が多いですか?

中村:属性としては、30〜40代が中心です。病気などの理由から、親御さんや周囲の方が今までのように食事を摂れなくなる、という経験をする世代ですし、悲しいことですが、身近な方が亡くなられる方もいらっしゃると思います。そうした悲しみや戸惑いを経て、大切な人に想いを込めたギフトを送りたいと考える「やさしい人」が、andewを選んでくださります。「気持ちをプレゼントとしてどう形にするのか悩んでいたなかで、ピタリとハマったのがandewでした」と言ってくださる方は多いですね。星の数ほどのチョコレートがあるなかで、僕たちを選んでくれる。そんな人たちと出会えることが、とても嬉しいです。

 

ー出会ったお客様とは、どのようなコミュニケーションを取られているのでしょうか?

 

中村:チョコレートを購入してくださった方に、表皮水疱症に関心がなかった人に届けたい情報を載せたパンフレットをお渡ししています。また、印刷したものにはなりますが、お客様へのお礼の気持ちを込めてを綴ったお手紙やショコラティエの手書きのメッセージも同梱しています。現実的に、いつまで続けられるかはわかりませんが…ブランドとして、人間らしい関係性を大切にしたいですし、共感してくださったお客様に再び訪れてもらえたら、もっと深い話もしたいです。将来的には、andewを通じて患者さんを支援する方が増えて「andewを選んでいるということはやさしい人なんだね」と思われる世界にしたいです。いわば、「andew=やさしさの代名詞」のように。

 

ー印象に残っている、お客様との出会いはありますか?

 

中村:2年前Instagramライブに1度だけ来てくれた人を忘れないくらいの記憶力が自分の持ち味なのですが(笑)、特に思い出深いお客様が2人いらっしゃいます。

まず1人は、初めてのandewのお客様です。起業する前の2019年12月。あるコミュニティで自身のビジネスプランを発表する機会があったのですが、その時andewのチョコレートは価格すら決まっていない状況。「1枚1000円くらいかな、でも自分なんかが作ったチョコレートをその値段で買ってもらえるのか?」と悩んでいると、同じコミュニティに参加している友人が「そのチョコレート、いくらでもいいから売ってくれない?」と言ってくれたんです。初めて、andewのやさしさに金銭という価値が付与されました。突然のことにあっけにとられてしまい、買ってくれた理由を聞きそびれてしまったのですが、当時師事していた方にも「『いくらでもいい』と言ってもらえる商品を作りなさい」と言われていたのを思い出し、andewを立ち上げる決意が固まりました。

 

 

中村:もう1人は、初めて渋谷パルコでポップアップを実施した2020年10月に出会った、大学生の方です。新型コロナウイルスが日本で猛威をふるうなか、岐阜出身札幌在住の私からしたら渋谷の人通りは恐ろしく「お客様はきて欲しいけど、人が多いのは勘弁してくれ〜!」と矛盾した感情に苛まれていました(笑)

初出店だったこともあり、andewを知っている人はほとんどいない状況。その時、「世界一やさしいチョコレート」という言葉が気になった20代前半の学生さんが、ショップに入ってくれました。雰囲気が重くなることを避け、初めは表皮水疱症がブランド誕生のきっかけにあることを全くアピールしていませんでした。しかし、andewの背景に関心を持ってくれたようで、「きっと興味はないだろうな…」と諦めつつ話してみると、熱心に耳を傾けてくれて、学生さんには決して安くないであろうチョコレートを購入してくれたんです。

そのとき思い出したのは、患者さんに「私たちのためのチョコレートは作らないで」と言われたこと。「課題意識がある方に届けよう!」を第一にしてブランドの想いを綴ってしまうと、「支援のためのチョコレート」になり、かえって「患者さん」というネガティブなステレオタイプを強めてしまう。だから、みんなが手に取りやすくて、タレントさんや俳優さんも食べていて、後から「実はこのチョコレートには背景があって…」とわかる、そんなチョコレートにして欲しい。そんな患者さんの想いが、実感を伴って理解できました。

 

ブランドとして、個人として。実現したい世界がある

-今後、andewとしてどのようなことにチャレンジしていきますか?

中村:医療における生死や病といったネガティブなイメージと、チョコレートが持っているポジティブなイメージ。これらを掛け合わせ、やわらかくて温かみのある新たな価値観を生み出したいです。ただ美味しいものを提供するだけなら、私が行う必要がありません。医療の世界と社会をつなぎ「難病の患者さんにとってチョコレートって大事だよね」というムーブメントを生み、「バレンタインを生んだのはメリーチョコレートかモロゾフ、チョコレートで生きている時間に彩を与えたのはandew」という位置付けになりたいですね(笑)

また、世の中の価値観を変えていくには、持続性も大事です。「起業」という選択肢をとったのも、働きかけを持続させるため。ボランティアではなく企業として利益を出し事業活動を存続させられれば、10年後、100年後。私に何かがあったとしても、andewとしてアプローチを続けられる。これは持続的な社会支援にもつながります。

 

ー持続的な社会支援、と言いますと?

中村:例えば、同じ病気・障害・症状など、何か共通する患者としての体験を持つ人たちが運営する「患者会」の支援ですね。患者会には、初代代表者が熱意だけを原動力に無給で運営しているものがあります。この構造は、代表者が高齢になり後継者が必要になった時、生活・収入の不安などが原因で次の代表者が現れない…というケースを生んでいます。andewの収益の一部を代表者の人件費に充てられれば、その事態を避けられるかもしれません。患者会が続き、患者が集まり、医師が集まり、研究が進み、治療につながる。こうしたスパイラルを生み出せるかもしれません。

 

ー「中村恒星」個人としての展望もあれば、ぜひ伺いたいです。

中村:私は元来、研究者気質でビジネスからほど遠い、アンバランスな人間です。今まで職人の経験則のみで語られていたチョコレートのなめらかさや溶けやすさを数値的に説明するために、データを取得・分析する。キシリトールをチョコレートに入れた時に効果が出るのかを解明する。こうしたことが楽しくてたまりません。…しかし、こんなにも「THE ビジネスマン」からかけ離れた自分にも、お客様・お取引先様・従業員が集まってくれています。andewは、医療業界と社会だけではなく、私と「共感してくれる仲間」をも繋いでくれます。難病の知識を共有するプラットフォームの代表からバスケットボールチームの選手まで…自分に医者としての顔しかなかったら、こんなに多様な方々と出会えなかったと思います。そのことが単純に楽しいから、andewを続けていきたいです。

それに、医療者としても。医療で治せない病をケアできる切り札を持っているなんて、最高じゃないですか。だから私は「世界一やさしいチョコレート」を作り続けます。

 

© 2024 MADa

 

編集後記

andew編集部の竹内です。

この度は代表中村恒星の想いをお読みくださりありがとうございました。おかげさまでandewも病気についてもお声かけいただくことが増えてきており、とても嬉しく思っています。

ただ、私たちが成し遂げたい世界の実現にはまだまだです。引き続き皆様の応援に応えられるようにandewやSpinLifeを運営してまいります。

皆様に「美味しい!」と言っていただけるチョコレートを今後もお届けしてまいります。ぜひ、チョコレートを通じて今後も応援いただけますと幸いです。

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  • この記事を書いた人

andew magazine 編集部

世界一やさしいチョコレート andew magazine編集部です。メンバーボイスやお知らせ、コラムをお届けします。

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